厚労省情報で見るべき前提は「人材確保・生産性向上・経営基盤」
今回の通知は介護保険法の改正にも関わる内容
厚生労働省は、「社会福祉法等の一部を改正する法律」の公布について通知を出しています。内容は社会福祉法、介護保険法、障害福祉、こども家庭分野など幅広く、介護だけを扱ったものではありません。
ただ、今回の記事で見たいのは、厚労省情報の細かい制度内容ではありません。大事なのは、こうした制度上の言葉が、実際の介護現場や介護事業所にどう見えるのかです。
制度の言葉と現場の受け止め方には差がある
「人材確保」「生産性向上」「経営基盤の安定」と聞くと、方向性としては間違っていないように見えます。介護業界に人が足りないことも、業務を効率化する必要があることも、事業所の経営が安定しなければサービスを続けられないことも、その通りです。
つまり、制度上は別々に並んでいる言葉でも、現場では「お金」「人手」「事務負担」「責任」の問題としてつながって見えるのです。
人材確保は「人が足りない」だけではなく給料と経営の問題
給料を抜きにして人材確保は語れない
介護業界で人材確保という言葉はよく使われます。求人を出しても応募が来ない、採用しても長く続かない、経験者が集まりにくい。こうした悩みは、多くの介護事業所で起きています。
もちろん、人が集まらない理由を給料だけで説明することはできません。職場の人間関係、勤務時間、夜勤の有無、身体的な負担、管理者の考え方など、働き続ける理由も辞める理由も一つではありません。
それでも、給料を抜きにして人材確保を語るのは無理があります。介護の仕事は、人の生活を支える大切な仕事です。利用者や家族に感謝される場面もあります。しかし、やりがいだけで生活はできません。
仕事として介護職を選ぶ以上、仕事内容と給料のバランスは必ず見られます。大変さに対して収入が見合っていないと感じれば、他の業界へ流れる人が出るのは自然です。介護職が好きな人、やりがいを感じて続けている人がいる一方で、業界全体として人を増やすには、処遇の問題を避けて通れません。
給料を上げれば事業所経営は苦しくなる
ただし、給料を上げればすべて解決するほど単純でもありません。事業所側も、職員にできるだけ良い給料を払いたいと思っているところはあります。人が辞めれば現場は回りませんし、採用にも教育にも時間とお金がかかります。
しかし、介護事業所の収入は介護報酬に大きく左右されます。一般企業のように、売上を自由に伸ばして価格を自由に決められる仕事ではありません。利用者数を増やすにも定員や人員基準があり、サービスの質を保つには人も必要です。
人材確保と経営基盤の安定は別々の話ではありません。人を増やすことと、事業所を続けることは、同じお金の問題につながっています。
現場だけで人材不足を解決するのは難しい
人手不足になると、現場職員には負担がかかります。休みが取りにくくなる、業務が詰まる、記録が後回しになる、利用者一人ひとりにかけられる時間が減る。こうした影響は、現場に直接出ます。
もちろん、職場の雰囲気を良くすることや、新人を大切に育てることは現場にもできます。しかし、それだけで応募が増えるわけではありません。人材確保を本気で考えるなら、現場の努力だけに頼るのではなく、事業所や法人がどれだけ処遇改善や働きやすさに向き合っているかが重要になります。
介護現場で「生産性向上」という言葉がしっくりこない理由
介護の生産性は売上だけでは考えにくい
今回の厚労省情報では、介護サービスの業務効率化や質の向上とあわせて、生産性の向上という言葉が使われています。経営を安定させるためにも、業務を見直す視点は必要です。
利用者の生活を支えること、状態の悪化を防ぐこと、家族の介護負担を軽くすることも、介護サービスの大切な役割です。そのため、数字だけで生産性を考えると、現場感覚とは合いにくくなります。
定員と人員基準があるため大きく伸ばせる仕事ではない
介護事業所でも、利用者数が増えれば収入は増えます。稼働率を上げることは、事業所経営にとって大切です。
すでに稼働率が高い事業所であれば、そこからさらに売上を大きく伸ばすのは簡単ではありません。職員の努力で介護の質を上げることはできても、利用者数や売上を何倍にも増やせる仕事ではないのです。
現場では業務効率化や負担軽減の方が実感に近い
介護現場で実感しやすいのは、生産性向上という言葉よりも、業務効率化や負担軽減です。
記録にかかる時間を減らす。情報共有をしやすくする。同じ内容を何度も書かなくて済むようにする。こうした改善であれば、現場にも意味が伝わります。
業務の無駄が減れば、職員は利用者に向き合う時間を取りやすくなります。介護で大切なのは、単純に数字を伸ばすことだけではなく、限られた人員と時間の中で、職員の負担を軽くしながら介護の質を守ることです。
その意味では、介護現場では「生産性向上」よりも、「業務効率化」「負担軽減」「介護の質の向上」と言われた方が実感に近いです。
デジタル化は便利になる一方で現場の管理負担にもなる
電子資格確認は効率化の一つとして位置づけられている
今回の改正では、居宅サービス等を受ける要介護被保険者などについて、個人番号カードに記録された電子証明書を使って資格情報を照会し、事業所や施設で確認する電子資格確認の仕組みも示されています。
制度上は、確認をスムーズにするための流れです。情報が電子化されれば、確認の手間が減る部分もあるでしょう。将来的には、紙の管理より便利になる可能性もあります。
介護事業所ではカードの扱いが簡単ではない
ただ、介護事業所で考えると、病院の窓口と同じようにはいかない部分があります。
病院であれば、本人が受付に行き、マイナンバーカードを読み取り機に置いて、診察を受ける流れがイメージしやすいです。しかし、介護サービスでは利用者本人が自分で手続きをするとは限りません。
認知症のある利用者もいます。マイナンバーカードを持っていない高齢者もいます。家族が管理している場合もあります。通所系サービスであれば、家族が事業所までカードを持って来るのか、送迎時に確認するのか、事業所内で誰が対応するのかという問題が出てきます。
訪問系サービスでも、職員が利用者宅でどこまで確認するのか、カードの取り扱いをどうするのか、事業所としてルールを作る必要があります。大きな法人なら専門部署が対応できるかもしれませんが、小規模な事業所ほど現場に負担が回りやすくなります。
個人情報管理は現場任せにできない
マイナンバーカードや資格情報を扱う以上、個人情報管理の責任も出てきます。特にマイナンバーカードは、事業所が預かって保管する前提のものではありません。
ここを曖昧にしたまま始めると、現場職員がその場の判断で対応することになります。電子資格確認は効率化の仕組みであっても、事業所側には個人情報管理、家族対応、職員の役割分担という新しい負担が生まれやすいのです。
人口減少地域では居宅系サービスを維持する難しさがある
今回の厚労省情報には、人口減少などによって福祉サービスの提供体制を確保しにくい地域に関する内容も含まれています。
利用者が点在すると送迎や訪問の負担が重くなる
人口が少ない地域では、介護サービスを利用する高齢者も広い範囲に点在しやすくなります。デイサービスであれば送迎に時間がかかり、訪問系サービスであれば利用者宅までの移動時間が長くなります。
利用者を受け入れたくても、一人ひとりの移動に時間がかかれば、同じ職員数で対応できる人数は限られます。送迎や訪問そのものが、事業所運営の大きな負担になりやすいのです。
人口減少地域では、介護サービスの中身だけでなく、利用者のもとへ行く、または利用者を事業所へ迎えるという部分に大きな負担が出やすくなります。
職員確保と介護報酬の面でも厳しくなりやすい
人口が減っている地域では、利用者だけでなく働く人も少なくなります。職員を募集しても応募が少ない、働ける人が遠くに住んでいる、通勤に時間がかかるといった問題も出やすくなります。
そのため、人口減少地域でのサービス提供体制の確保は、制度上の言葉だけでは済みません。現場目線では、利用者を集めること、職員を集めること、移動すること、採算を合わせることの難しさとして見えてきます。
制度改正を見るときに現場が本当に見るべき部分
制度全体より自分の事業所への影響を見る
制度改正があるたびに、現場職員がすべてを細かく理解する必要はありません。介護保険制度は複雑で、通知や資料をすべて読み込むのは現実的ではないからです。
国がどのような方針を出しているかよりも、自分の事業所がそれにどう対応しているかを見る方が、現場職員にとっては実感があります。
処遇改善や補助金への対応には事業所の姿勢が出る
特に見ておきたいのは、処遇改善や補助金、加算への対応です。制度があっても、事業所がそれを活用しなければ職員には届きません。
職員に還元される制度に対して事業所が消極的であれば、職員を大切にしているのか疑問が残ります。もちろん、加算を取るには要件があり、簡単ではないものもあります。しかし、職員の処遇に関わる制度へどう向き合っているかは、働く側にとって大事な判断材料になります。
介護人材を支える仕組みがなければ現場は続かない
今回の厚労省情報には、ケアマネジャーの資格更新制の見直しや成年後見・権利擁護など、介護や福祉に関わるさまざまな内容が含まれています。ただ、この記事ではそのすべてではなく、介護事業所や現場に関わりやすい部分に絞って見てきました。
その中で大きく見えてくるのは、やはり介護人材の不足と事業所経営の厳しさです。経営に余裕がなければ待遇を良くすることは難しく、人も集まりにくくなります。そして人が集まらなければ、現場を回すこともさらに難しくなっていきます。
生産性向上やデジタル化、人口減少地域でのサービス提供体制の確保も、根本には同じ問題があります。限られた人員の中で、どう介護サービスを続けていくのかという課題です。
もちろん、制度の見直しや業務効率化は必要です。しかし、新しい仕組みが増えることで確認作業や事務負担ばかりが増えてしまえば、現場を支えるための制度が、逆に現場を苦しくすることにもなります。
介護の仕事は、やりがいだけで続けられるものではありません。働く人の待遇を支え、事業所にも必要な介護報酬が届く形にしていかなければ、これから先の介護人材確保は難しいのではないでしょうか。
