厚生労働省の「令和6年度 介護保険事業状況報告(年報)」によると、介護保険の費用額は12兆952億円でした。利用者負担を除いた給付費も11兆1,825億円となり、前年度より3.3%増えています。
サービス受給者は月平均620万人で、前年度から約12万人増加しました。数字だけを見れば、令和6年度は介護保険サービスの利用がさらに拡大した一年だったといえるでしょう。
ただ、この一年には介護報酬改定だけでなく、コロナ禍で落ち込んだ利用の回復も重なっています。全国の給付費が増えたという事実だけで、介護現場の経営まで良くなったとは判断できません。
僕が関わっていたデイサービスでも、令和6年度には稼働と売上が戻ってきました。それでも、同じ程度の稼働だったコロナ禍前と比べると、事業所に残る利益は明らかに減っていたのです。
給付費の増加にはコロナ後の利用回復も含まれる
令和5年度と6年度を比べるには、新型コロナウイルス感染症の影響を外すことができません。2023年5月の5類移行後、介護事業所は時間をかけて以前の利用状況を取り戻していきました。
休業の影響は再開後の稼働にも残った
僕が関わっていたデイサービスでは、事業所内で感染が発生し、半月ほど休業したことがあります。感染が広がっていた時期には、少しの体調不良でも利用を控えてもらう状況が続きました。
家族も感染を警戒していたため、事業所で風邪症状の人が出ただけで、念のため利用を休ませることがありました。こうした判断が重なり、コロナ禍では稼働率が大きく落ち込みました。
さらに、休業しても家族の仕事や生活は続きます。自宅で介護を続けられず別の事業所へ移った人が戻らなければ、休業期間の売上だけでなく、再開後の稼働にも影響が残ります。
利用回復と報酬改定は分けて考える
令和6年度は、落ち込んでいた利用がようやく戻り、僕自身も長いトンネルを抜けたように感じた時期でした。しかし、売上が回復した理由を介護報酬改定だけに求めることはできません。
全国の費用額や給付費には、利用者数、利用回数、介護度、利用するサービスの違いが反映されます。受給者が前年度より約12万人増えれば、サービスの利用に伴って全体の金額も増えます。
そこへコロナ禍からの利用回復も重なったのが、令和5年度から6年度への変化です。単年度の増加率だけでは、報酬改定が個々の事業所へ与えた効果まで切り分けることはできません。
売上の回復を上回って通常運営の費用が増えた
僕が関わっていた事業所では、利用が戻ったことで令和6年度の売上は回復しました。それでも経営が楽になった実感はなく、同じ稼働率だったコロナ禍前よりも利益は少なくなっていました。
0.数%の基本報酬増では費用上昇に追いつかない
令和6年度介護報酬改定の全体改定率はプラス1.59%でした。ただし、これは介護サービス全体の改定率であり、すべての基本報酬が同じ割合で上がったわけではありません。
地域密着型通所介護の7時間以上8時間未満では、要介護1が750単位から753単位になりました。ほかの介護度を含めても、基本報酬の増加はおおむね0.3~0.4%にとどまります。
一方、最低賃金の全国加重平均は2020年度の902円から2024年度には1,055円まで上がりました。2024年の物価も総合で2.7%、食料は4.3%、光熱・水道は4.0%上昇しています。
今までと同じ介護を続ける費用が上がった
増えた売上が、何か特別な支出へ消えたわけではありません。人件費、食材費、光熱費、燃料費、修繕費、消耗品費など、今までと同じ介護を続けるための費用が広く上がりました。
感染対策で増えたマスクや消毒液の使用量は今も以前より多く、導入した設備の維持費も残っています。その一方で、介護保険サービスの価格は事業所が自由に変更できません。
僕は利益が減っても定期昇給を続け、地域で見劣りしない待遇を維持しました。それでも十分とは思っていません。売上の回復以上に通常運営の費用が増え、利益を押し下げていたからです。
定員の上限と当日キャンセルが収入を制約する
費用の上昇を売上で補おうとしても、介護事業所には収入を自由に増やせない事情があります。特にデイサービスでは、定員と当日の利用状況が売上を大きく左右します。
稼働率は100%を超えられない
定員20人のデイサービスは、原則として20人を超えて利用者を受け入れられません。どれほど利用を希望する人がいても、一般の商品販売のように定員を超えて売上を増やすことはできません。
一方で、必要な職員、送迎車両、設備は利用予定に合わせて準備します。利用者が予定どおり来るかどうかにかかわらず、安全にサービスを提供するための費用は先に発生します。
収入を増やせる上限は決まっていても、運営に必要な人員や設備まで都合よく増減できません。この制約の中で、事業所は可能な限り高い稼働率を維持する必要があります。
当日の空きを別の利用で埋めることは難しい
利用者は高齢であり、体調不良や入院などによる当日キャンセルは避けられません。しかし、空きが出た日に別の利用者へ連絡し、すぐ利用してもらうことは簡単ではありません。
デイサービスの利用には、ケアプラン、送迎、家族の予定、職員配置などの準備があります。当日に空いた一枠を、その場で別の利用へ置き換えられる仕組みではないのです。
売上の上限は定員によって決められている一方、キャンセルによる減収は事業所が引き受けます。高い稼働率を維持しても、十分な利益が残るとは限りません。
安定した基本報酬が介護を続ける選択肢をつくる
介護職員の処遇改善を目的とした支援は必要です。ただ、人員配置、設備、感染対策、事業継続まで考えるなら、法人が将来を見通せる安定した通常収入も欠かせません。
一時的な支援だけでは継続的な判断ができない
一時的な補助金や支援金は、苦しい時期の助けになります。しかし、制度ができるたびに情報を探し、申請方法を確認し、新しい書類を作らなければなりません。
僕は、支援制度の情報をぎりぎりまで知らず、申請できていない事業所から相談を受けたことがあります。毎回異なる仕組みで支援するほど、情報を追う負担も大きくなります。
人を雇い、給与を上げ、設備を整えるには、翌年も入るか分からないお金だけでは足りません。物価や人件費の変化を基本報酬へ反映し、法人が継続的な判断をできる状態が必要です。
安定した収入で職員体制を整える
僕が統括していた事業所なら、安定した収入が増えたとき、まず職員を一人増やします。本人や子どもの体調不良でも無理なく休める配置をつくり、感染を広げずに介護を続けたいからです。
同時に、仕事の内容と責任に見合う給与へ近づけなければ、介護で働く人は集まりません。人手不足を訴えるだけではなく、選ばれる待遇をつくるためにも安定した収入が必要です。
その先には、介護テクノロジーやDXへの投資もあります。機器の導入自体を目的にせず、職員の負担や事故、記録や情報収集にかかる時間を減らすために活用します。
給付費の増加だけでは経営状態は分からない
令和6年度の費用額と給付費が増えたことは、それだけ多くの人が介護保険サービスを必要とし、実際に利用した結果です。ただし、その総額だけでは事業所の経営状態までは分かりません。
僕が関わっていたデイサービスでは、コロナ禍から稼働と売上が戻っても、利益は戻りませんでした。利用回復の陰で、わずかな基本報酬増を上回る人件費と物価の上昇が続いていたからです。
全国の数字が増えたかだけで介護保険の現在地を判断するのではなく、必要な人員と待遇を維持し、将来へ投資しながらサービスを続けられる報酬になっているか。そこまで確かめる必要があります。
参考:厚生労働省「令和6年度 介護保険事業状況報告(年報)」、厚生労働省「令和6年度介護報酬改定について」、厚生労働省「地域密着型通所介護 基本報酬」、厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」、総務省統計局「消費者物価指数」
