厚生労働省は令和8年8月28日の介護給付費分科会に、「介護人材確保に向けた処遇改善等」という資料を公表しました。
この資料には、今後必要になる介護職員の人数、有効求人倍率、採用率と離職率、介護職員の給料などがまとめられています。そのうえで、これまで行われてきた処遇改善と、今後の介護人材確保について検討する内容になっています。
人材確保というと、職員が何人足りないのか、何人採用できたのかに目が向きます。ただ、これから仕事を探す人に介護職を選んでもらうには、ほかの仕事と比べたときの給料も無視できません。
そこで今回は、資料に示された人材不足と給料の推移を確認しながら、処遇改善があっても全産業との給料差が縮まらない理由を、介護事業所の収入まで含めて考えます。
介護人材は増やす必要があるのに採用率は下がっている
介護職員の不足は、現在の求人を埋めれば終わる問題ではありません。介護を必要とする人が増えるなかで、今後はさらに多くの職員が必要になります。
令和8年度には約240万人の介護職員が必要になる
資料4ページによると、介護職員の必要数は令和8年度に約240万人、令和22年度には約272万人と推計されています。令和4年度の介護職員数は約215万人ですから、令和22年度までには約57万人増やさなければなりません。
ところが、資料6ページに示された令和8年6月の有効求人倍率は、全職業の1.01倍に対して介護関係職種が3.76倍です。求人を出している事業所の数に対して、介護の仕事を探している人が少ない状態であることが分かります。
資料7ページでも、介護職員が「大いに不足」「不足」「やや不足」と答えた事業所は合計69.8%に上ります。これから必要な人数は増えるのに、今の時点ですでに多くの事業所が人手不足を感じています。
離職率が下がっても介護職員が増えるとは限らない
資料8ページでは、介護職員の離職率が長期的に下がる一方、採用率も下がっていることが示されています。辞める人が減ったことだけを見れば良い変化ですが、それ以上に入ってくる人が減れば、職員を増やすことはできません。
もう一つ考えておきたいのは、この離職率が「勤務していた事業所を辞めた人」の割合だということです。退職後に別の介護事業所で働いたのか、介護の仕事そのものを辞めたのかまでは、この数字では分かりません。
一つの事業所にとって退職者が出ることは大きな問題です。しかし、介護業界全体の人手不足を考えるなら、事業所を移った人と介護職から離れた人は分けて見る必要があります。離職率だけでは、介護職員が増えない理由までは判断できません。
介護職員の給料は増えたが全産業との差は広がった
処遇改善を考えるとき、介護職員の給料が以前より増えたかどうかだけを見ても、人材確保につながる改善だったのかは分かりません。仕事を選ぶ人は、介護職以外の給料とも比べられるからです。
令和3年から令和7年に2万9千円増えている
資料9ページには、賞与を12か月で割って加えた月額の給与が示されています。介護職員は令和3年の28万5千円から令和7年の31万4千円となり、5年間で2万9千円増えました。
この間には、処遇改善支援補助金や加算率の引上げなども行われています。介護職員の給料が実際に上がった以上、処遇改善に効果がなかったと書くのは違います。処遇改善がなければ同じ金額まで上がったのかも、この資料からは分かりません。
一方で、この2万9千円をすべて処遇改善によって増えた金額だと見ることもできません。最低賃金への対応や、それぞれの法人が独自に負担した昇給も一緒に含まれているからです。
全産業との給料差は7万円から8万2千円になった
同じ令和3年から令和7年に、役職者を除く全産業平均は35万5千円から39万6千円へ、4万1千円増えています。介護職員よりも1万2千円多く増えたことになります。
その結果、令和3年には7万円だった全産業と介護職員の差が、令和7年には8万2千円になりました。介護職員の給料は増えていても、全産業と比べた位置は良くなっていません。むしろ差は1万2千円広がっています。
処遇改善は、もともと低い介護職員の給料を引き上げるために行われています。それでも全産業より伸びが小さければ、介護職を選んでもらう条件が良くなったとは言いづらいでしょう。ここで考えるべきなのは、処遇改善の有無ではなく、そのお金が何を支えるために使われているのかです。
処遇改善が通常の昇給を支える財源になっている
介護職員の給料を上げる財源は、処遇改善だけではありません。本来は事業所の収入が増え、そこから通常の昇給を行い、その上に処遇改善が加わることで、全産業との差を縮めていく形になるはずです。
最低賃金が上がれば事業所は給料を上げざるを得ない
僕が東京都で介護職員の求人を見てきたなかでは、最低賃金に近い時給で募集している事業所は珍しくありませんでした。近年のように最低賃金が続けて上がれば、処遇改善が増えたかどうかとは関係なく、事業所は時給を上げなければなりません。
僕が関わっていた事業所でも、最低賃金の上昇に合わせて基本給を上げていました。介護職員には別の手当も支給し、周辺の同じような事業所より高い給料を維持していましたが、そのためには法人の負担も必要でした。
処遇改善で入ってきたお金を昇給に使えば、職員の給料は増えます。ただし、その昇給が最低賃金や全産業の賃上げについていくためのものなら、すでにある給料差を縮めるための上乗せにはなりません。
稼働率が100%でも自由に売上を増やせない
一般の事業であれば、原材料費や人件費が上がったときに、商品やサービスの値上げを検討できます。売上を増やし、そこから職員の給料を上げるという流れをつくることができます。
介護事業所は、提供するサービスの価格を自由に変えられません。僕が関わっていたデイサービスのように定員が決まっている事業所では、稼働率が100%になれば、それ以上利用者を受け入れて売上を増やすこともできません。
介護報酬は一度決まると基本的に3年間変わらないため、同じ人数に同じサービスを提供しても得られる収入は変わりません。その間にも最低賃金、光熱費、食材費、燃料費などは上がります。
収入が変わらないなかで通常の昇給を続けるには、処遇改善を使うか、法人が負担するしかありません。これでは処遇改善を増やしても、全産業の昇給を追いかけるために使われ、給料差を縮めるところまで届きにくくなります。
人材確保につながる賃上げには順番がある
人材確保には、介護の仕事へ入ってもらうことと、入職した人に長く働いてもらうことがあります。給料はどちらにも無関係ではありませんが、同じように影響するわけではないと僕は考えています。
給料は介護職を選ぶ入口で大きく影響する
僕が採用を担当していたデイサービスでは、応募者から「ほかより給料が良かったから応募した」と何度も言われました。同じ介護職、同じような仕事内容の事業所を比べるとき、給料が応募先を決める要因になることは間違いないと思っています。
ただ、給料を低くした時期と高くした時期を同じ条件で比べたわけではないため、給料を上げたら応募者が何人増えるとは言えません。また、応募した人を採用するかどうかは、その人が事業所に合うかを見て法人が決めることです。
給料が高ければ採用できる人の質まで上がるという話でもありません。入職後の定着については、僕が退職の申し出を受けたときに理由を聞くなかで、「給料が見合わないから辞める」と答えた人はいませんでした。
もちろん、本当の理由をすべて話してくれたとは限りませんが、実際に聞いてきたのは、人間関係や会社の方針、身体的な負担など、働いていくなかで出てくる問題がほとんどでした。
基本報酬の上に処遇改善を重ねる
それでも、介護職に入ってくる人を増やすには給料を上げる必要があります。介護の仕事を経験する前の人は、現場のやりがいや利用者に感謝される喜びをまだ知りません。ほかの産業より給料が低ければ、仕事の中身を知る前に選択肢から外されてしまいます。
だからこそ、まず基本報酬で通常の昇給を支えられるようにする必要があります。物価や最低賃金、社会全体の賃金上昇を基本報酬へ反映し、事業所の収入を増やさなければ、処遇改善が毎年の昇給を補うだけのお金になってしまいます。
介護報酬を毎年見直すのか、3年ごとの改定でその間の上昇を織り込むのかは、制度として考える必要があります。しかし、3年間ほぼ同じ収入で昇給を続け、その分を処遇改善で補う仕組みでは、全産業との差はなかなか縮まりません。
通常の昇給は基本報酬で支え、その上に処遇改善を加える。そうして初めて、処遇改善を介護職員の給料をほかの産業へ近づけるために使えます。介護人材の確保には、処遇改善を続けるだけでなく、基本報酬と処遇改善の役割を分け、この順番で賃金を上げられる仕組みが必要だと僕は思います。
